私の中の子ども

*この記事は、JUGEMのトラックバックBOXのお題「あなたの中の子供」についてエントリーしたものです*

まぁワタシは間違いなく“大人”ではないわけですよ。

ただ“ナニがオトナの定義なのか”と問われれば、人さまが納得できるような答えが出ないのも事実なわけです。

それが結局は“自分が子どもである”ということの裏返しなのか確信犯なのかはベツとして。

選挙権がある。

保護責任者がいない。

税金ガッポリ持ってかれる。

などいろいろとハタチの境目はわかってるけど、結局のところオトナのココロってのは、自分で自分を枠にハメることなんだなと。思ってるワケで。

人によっては10代でとっくに打算的考えとかしちゃってて“オトナ”なんですよ。

じゃあなんでワクに填る必要があるのかと。

自分に問うてみたらば、それは己というものを探求することをやめてしまってワクにハマる心地よさを指しているのではと。

“ワクにハマる”ことを簡単に例えて言うなら、昔の釜付の半畳タイプのお風呂にヒザを抱えて入ってる時の様な、そんな心地よさを安易に求めてしまった結果、オトナになるのではと。思った次第なわけで。

私ゃ今でも機械をいじるのがスキで、年に1回くらいしか行けないけど、自分のカネで自分の基地(=阿蘇の山奥にあるガレージ)を建ててみて、自分のスキな車(MINI)は月に1回乗れればいいほうだけど、たまに火を入れてやったときの、あのウェーバーの咆哮はいつもワクワクする。キャブの後ろでガソリンに酔いながらたまに咳き込むエンジンの音に耳を澄ませる。アクセル踏めばタイヤを鳴かせ、燃費が悪くて財布も泣かせ、帰ってきたら腰痛で私が泣いて。それでも楽しいことはやめられない。

だからガキのココロはやめられないのよ。

俺は一生ガキのままがいいです。

人に(無利益な)迷惑をかけなければ。

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