ゴンちゃんスクロール♪

えっとBLOGのネタが切れるとはじまるゴンちゃんスクロール。
その日の気になったニュースタイトルを3つ取り上げてホザきます。
今回で3回目くらいかな。
>>西日本各地で真夏日 日田と佐賀で31・5度 by Y!news
ここ最近思ったんだけどね、窓を開けましょうよ。室外は確かに温度高いんだけど、風の通りがよい室内ってかなり快適ですよ。これってね、目からウロコもんですよ。
出張PC講習の生徒さんの家が農家で、玄関を開けて土間に入った途端にね、めっちゃ涼しかったんですよ。“え?土間にエアコンついてるの?”って聞いたら「い~え~家はエアコンなんて使わないですよ」って言うの。外は30度の日ですよ。体感温度は25度を下回ってましたね。
結構ね、室内って気温が低いんですよ。まぁ考えれば当然だけどね。ほら、真夏とかに家に帰ってくると“もあ~っ”として蒸し風呂みたいになってることってあるじゃないですか、あれって締め切ってるから暑くなってるだけで、換気さえしてればあんなに暑いものじゃないんですよね。もちろん防犯は忘れたらいけませんけどね。できるだけ換気しましょう。それで暑かったらはじめてエアコンのスイッチを入れたらいいと思いますよ。結構、屋根付きの家ってのは優れもんですよ。当然だけどさ。
>>「新幹線近くで見たかった」=線路に入ったブラジル人逮捕-静岡県警 by Y!news
まぁね、日本的に考えれば“不届きモノ!”って一喝されちゃいますが“新幹線が見たかった”なんてのがかわいいじゃないですか。確かに大迷惑のコンコンチキ(←意味不明)なんですけどね。でも、あーた新幹線ってねー凄い速度でてるから、最悪風圧で吹き飛ばされてコンクリ壁と新幹線の間をピンポンしてグチャグチャになるとか、過ぎ去った瞬間の負圧で線路に叩き付けられるかんね。
で、話しは変わりますが、ブラジルからの出稼ぎ人っていうと、フィリピーナ(懐かしい)などの稼いで帰る人を思い出す人が多いと思いますが、日系ブラジル人ってのはいったいどんな人たちなんでしょう。。。
日本は明治時代、皇国企業は日本からブラジルへの移民を大量に送り出しました。その後戦後も日本からは移民が続き昭和20年代まで結構な人たちがブラジルという新天地を目指したらしいんです。で、インフレが激しくなった昭和60年頃からは20万人以上の日系ブラジル人が逆に日本を新天地として目指してきて現在のような逆移民が増えたということらしいですね。ある意味貧乏国家の犠牲者だった人たちの子孫なんじゃないでしょうかね。
>>サッポロ飲料 リボンシトロンのデザイン復刻 by Y!news
懐かし~っ。まだ売ってたんですね。私が生まれた東村山では、商店街の角のお米屋さんが売ってました。これとバヤリースオレンジがいつも山積になってたなぁ。リボンちゃんの絵を見たらめっちゃ懐かしさがこみあげてきました。

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