ここ数年気になっている言葉に「ネグレクト」というのがある。
英語では無視するということ。
日本では、児童や高齢者、病人に対する虐待に使う。
映画「誰も知らない」は、実は


「巣鴨子供置き去り事件」をベースにしたものなんだそうだ。

これは、母親が父親の異なる子供たちを次々と産み、幼い子供たちを上の二人に押し付けて新しい男のもとへと行ってしまい、上の子の遊び友達などによって他の子が殺された驚愕の事件である。母親は家には帰らず月々お金を送るなどしていたそうだ。子供が殺されるような環境を作った母親には執行猶予。最終的に女の子二人が母親に引き取られたそうだ。この不明瞭なオチは人権への配慮によるものなんだろうな。
ただ生き残ったこの子たちが今どうなっているのか、母親はちゃんと罪を感じているのか、はたまた子供たちから母親を奪った男はちゃんと罰を受けているのか、子供たちのそれぞれの父親はどう思っているのか、気になるところではある。
ちゃんと人生+-ゼロになるんですかね。神さんよ。
ネグレクトには、2種類あるという。
経済的理由や知識、知能の問題とされる“消極的ネグレクト”
その他故意にする“積極的ネグレクト”
私ら一般人には、児童福祉法25条にある「国民の通告義務」というのがあり、これは「保護者のない児童または保護者に監護させることが不適当と認める児童を発見した者は、これを福祉事務所または児童相談所に通告しなければいけない」というものだ。夜間に外部に放置されるなど、危険度が高い場合には警察への通報となるようだ。
日本は能天気で人権について未熟なのでこういったことに疎いが、米国などでは子供を家に置いてちょっと出かけるだけでも通報され警官がすっ飛んでくることがあるんだとか。
この通報については「間違ってたら?」という心配もあるわけだが、この場合にも責を問われることはなく、チクった人間の名前が先方に明かされること(記録は当然される)はない。あくまで子供の人権最優先なのである。不幸の連鎖を防ぐための多くの要件の中の一つとして、近隣の大人による“目”って大事な気がするぞ。
ネグレクト
児童虐待
巣鴨子供置き去り事件
出典:wikipedia