いつも書いてますが、私は糖尿病でしかも長年羅患していたため、糖尿病性増殖網膜症という合併症を起こしています。右目は2期間のレーザー光凝固手術と硝子体切除手術。左目は2期間のレーザー光凝固手術がとりあえず完了し様子を見ています。Hba1cは5.8。インスリンはなし。

こんたわけが~っ!と自己非難するのは至極簡単です(←人に言われるのはムカツキます)が、実際「血糖がちょっと高いですね」とかたまに言われる程度でどれだけの人が代謝内科にかかるでしょうか。実際にはヘモグロビンa1cとか、負荷検査をすればわかるのですが、そこの手前で「就業には支障なし」という診断書を出させている企業あるのではと思います。私のいた会社はそうでした。

空腹時は正常値の糖尿病(隠れ糖尿)はこの世の中にどれほどあるのか。それを考えると私はもっともっと糖尿について、オブラートに包まず「糖尿病であると診断されているのに放置することは自殺行為」であると告知すべきだと思います。

糖尿病じたいは大した病気ではないですが、その状態を数十年に渡って放置すれば取り返しのつかない事態になることは経験したものでしたからわかるはずです。だから私は自分のことを棚にあげ、まわりの人にはクチやかましくいいます。たまたま手術で患部を除去できましたが、(人工レンズを入れたことで)右目の焦点が固定されるだけでどれだけ不便な生活を強いられるか。。。左右の目の機能の差を知るにつれ人間の目のメカニズムの凄さにただただびっくりしてます。

私の場合は、たまたまSOHOの業務形態でオーナーの理解があったこと。そして友人に恵まれていたこと。ネットで情報を得ることができたこと。いろいろな好てき要因が重なり気持ちが助かった気がします。

もちろん私の病気は現在進行形。

糖尿状態を放置し私のように糖尿病性増殖網膜症を発症してしまえば、いくら治療しても完治するわけではなくあくまでコントロールができる状態になっているだけで、一生コントロールしなければいけません。

現在、眼科医界においては新生(不良)血管の発生メカニズムを知るための内皮細胞→血管細胞への変化の過程を調べる研究の材料ができ、世界中で研究される前の段階まで来たそうです。あと数十年もしたらこの新生血管ができないようにとか、増殖膜ができないような指向コントロールをすることも可能になるんでしょうかねぇ。

・・・ってなことを日常生活を送りながら考えてしまうんですな。不安だからね。

私が手術をしてもらった眼科では患者会というものがありまして、全国から患者さんがいらっしゃる病院なんで、全国のかたがたがいらっしゃるようです。入院中に手記などがいっぱい冊子になっていたので見たのですが、それはそれは感謝の言葉の羅列でございました。「どっかの宗教みたいにやばいのか?」とも思いましたが、一時失明した右目に光が戻るさまを実体験したものとして、「すがりたいほどありがたい気持ちでいっぱいだった」という思いがあったことを書き添えておきます。

この患者会に入ってみて「私だけじゃないんだ・・・」というキモチ。こういう対的な考えはよくないんでしょうが、心強くなれました。

いつも書いてますが、宗教べっ視ではありません。また信心をもった人を貶す意味でもありません。ついでに私は宗教活動は一切してません。反宗教論者でもございません。えっとあとなんだ?まっとにかく一般の宗教をどうのこうの言うつもりはございません。これだけ書けばよかろ(w。